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青山敏弘の出身高校や大学はどこ?愛用のスパイクや愛車のメーカーは?

西野新監督のもと3年ぶりに日本代表に復帰した青山敏弘選手。

ロシアW杯を目前にして、古くから痛めていた右ひざを負傷してしまい、残念なことに代表から離脱することになってしまいました。

この怪我により、W杯の2大会連続出場は絶望的とされています。

その人柄からとても人気のある青山選手の今回の離脱は、ファンにとってはもちろん、本人にとってはとても悔いの残る結果となってしまいました。

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プロフィール

・青山敏弘(あおやまとしひろ)

・生年月日  1986年2月22日(32歳)

・出身地  岡山県倉敷市

・身長  174cm

・体重  75kg

・ポジション  MF

・所属  サンフレッチェ広島

代表から離脱しました。 ショックです… しかし青ちゃんの事を考えると中途半端な気持ちで代表にいるわけにはいかないって感じたのかな?って思います‼ 人一倍責任感の強い選手ですから もしかすると本人から辞退を申し出たのかな?って思います‼ でもどんな形であっても選ばれたことに変わりありませんしそこはやはり広島の俺たちの誇りですから こんなことでへこたれる青ちゃんじゃないですけど僕たちに出来ることをやって今まで以上に青ちゃんをサポートして盛り上げていくしかありませんよね? そんなサポーターでありたいです! #青山敏弘 #こんなときこそサポートするのがサポーター #闘う男広島の 青ちゃんは広島市民、県民の、日本の宝、誇り

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青山選手は小学校1年生の時にサッカーを始めました。

昔から強豪クラブチームに所属し、高校3年生の時にはサンフレッチェ広島の特別指定選手となりました。

2004年にサンフレッチェ広島に入団。

4月のナビスコカップ第2節の横浜Fマリノス戦で公式戦デビューし、プロ入り初ゴールを決めました。

しかし、その後は出場機会に恵まれませんでした。

2年目の2005年には左膝前十字靭帯を断裂する怪我を負い、このシーズンも試合に出られませんでした。

プロサッカー選手には怪我がつきものなのでしょうか。

膝の靭帯断裂のケガはサッカー選手にとっては選手生命を脅かしかねないほどのものでしょう。

復帰するまでのリハビリは想像を絶するものだと思います。

怪我から復帰した2006年にサンフレッチェは監督が代わり、ミハイロ・ペドロヴィッチが就任します。

青山選手はペドロヴィッチ監督に見出され、チームにとって欠かせない選手となりました。

そしてこのシーズンの8月にはリーグ戦初となるゴールを決めました。

2007年には北京オリンピックアジア予選のメンバーとして、予選突破に貢献。

しかし、予選突破を決めたサウジアラビア戦で、右第2趾中節骨中枢を剥離骨折。

シーズン残りの試合を欠場することとなり、サンフレッチェはJ2降格となりました。

青山選手はサウジアラビア戦で大活躍をしていました。

それだけに怪我をしてしまったのは残念でした。

そして一度左膝を怪我してから復活して、調子が上がってきていたころだっただけに、本人にとっては余計辛いはずです。

それでも諦めはしませんでした。

2008年に復帰すると、北京五輪には出場できませんでしたが、レギュラーとしてチームのJ1昇格に貢献しました。

2009年の11月には左膝内側半月板の縫合手術。

2012年には広島がJ1初優勝し、青山選手もJリーグベストイレブンに初選出されるほどの活躍でした。

繰り返して怪我をしたのに、その度に復帰して、さらには活躍できるなんてすごいですね。

スポーツは肉体だけでなく、精神的なものも強く影響しますから、これほどの活躍をするには相当強い精神を持っているのでしょう。

2014年のシーズンからキャプテンに就任しました。

そしてブラジルW杯のメンバーに選出されました。

大会ではコロンビア戦のみの出場となり、あまり活躍できませんでした。

2015年のJALチャレンジカップのウズベキスタン戦でA代表初となるゴールを記録。

これは素晴らしいゴールですね。

さらにJリーグの年間最優秀選手にも選ばれました。

それからおよそ3年ぶりの2018年。

ロシアW杯が迫る中代表に招集された青山選手。

ファンの期待が高ぶる中、残念なニュースが入ってきました。

青山選手は古くから痛めていたとされる右ひざを負傷してしまい、代表を離脱することとなってしまいました。

今回のW杯は絶望的とされています。

前回のブラジルW杯の雪辱を果たせぬままにこういう結果となってしまいました。

度重なる怪我からの復帰があっての代表復帰だったので、悔しさは相当残るでしょう。

ファンを大事にするサッカー選手としてとても人気のある選手だけに、ファンにとっても非常に残念でしょう。

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青山敏弘の高校や大学は?

青山選手の出身高校は岡山県作陽高等学校です。

高校2年生からボランチでレギュラーだったようです。

2002年の第81回全国高等学校サッカー選手権大会の岡山県予選決勝でゴールを決めたにも関わらず、誤審により無効となったことがあります。

作陽高校は青山選手の他に多数のサッカー選手を排出しています。

ジュビロ磐田の櫻内渚選手やFC東京の平岡翼選手など他にも多数いるようです。

https://twitter.com/DAZN_JPN/status/945858609107304450

また、俳優のオダギリジョーさんも作陽高校出身のようです。

青山選手は高校卒業後、サンフレッチェ広島に入団したので、大学には進学していません。

ちなみに大学出身のサッカー選手は結構いるようで、有名な選手だとDF長友佑都選手やFW武藤嘉紀選手も大学出身の選手です。

長友選手は明治大学、武藤選手は慶應義塾大学の出身です。

愛用スパイクや愛車は?

青山選手の愛用しているスパイクは「ミズノ・モレリア2」のようです。

高校時代からずっとモレリア2なのだそうです。

モレリアはずっと変わらない良さがあり、シーズンの途中でスパイクを変えると、プレーの質も変わってしまうことから、一貫してこのスパイクを使用しているようです。

やはりプロの選手となると足元の感覚というのが鋭いのでしょう。

スパイクにもこだわるからこそ、いいプレーをすることができるのだと思います。

そして青山選手の愛車についてですが、調べてみましたがわかりませんでした。

トヨタのハリアーなのではないかという情報もあります。

しかしその情報が古いものなので、もしそうであっても今は他の車に乗っているかもしれません。

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まとめ

・青山敏弘は岡山県作陽高等学校出身

・作陽高校はサッカー選手を多数排出

・ジュビロ磐田の櫻内渚選手やFC東京の平岡翼選手も作陽高校

・高校卒業後は大学へ進学せず、サンフレッチェ広島に入団

・大学出身のサッカー選手は結構いる

・長友佑都選手は明治大学、武藤嘉紀選手は慶應義塾大学出身

・青山選手の愛用スパイクは「ミズノ・モレリア2」

・高校時代からモレリアを使っている

・愛車については不明だが、前はトヨタのハリアーに乗っていたという情報もある

3年ぶりに代表に招集され、前回大会の雪辱を果たそうとしていた矢先、またしても怪我をしてしまい代表を離脱することとなった青山選手。

ファンからも人気があり、期待されていただけに、ファンにも本人にもショックは大きいでしょう。

サンフレッチェではチームキャプテンを務めるなど、代表のまとめ役としても期待されていたでしょう。

代表にとっても青山選手の離脱は大きな損失となりました。

現在32歳と、おそらくこれが年齢的に見ると最後のW杯だったでしょうから、本人にはとても悔しいでしょう。

残された代表メンバーは青山選手の分も背負って戦って欲しいですね。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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